釧路湿原は遠方よりの見学だが広大だ。夕暮れの阿寒湖に夕日が映え、コタンで思い出造りに 知床連山 Clickで拡大

釧路湿原の広大さ 阿寒湖の夕焼け アイヌの人々のの歴史

2013/10/18 帯広より一路釧路へ。釧路湿原を遠方からではあるが鑑賞。阿寒湖の夕日に感動し、夜はアイヌ民族の学習を。 
2013/10/18 北海道
2013/10/18 北海道釧路港 釧路港 南埠頭、副港、中央埠頭、北埠頭、釧路漁港(国内有数の水揚げ量を記録する。国内3大漁港の一つ)、文化施設(港文館、港町かもめホール)、商業施設(釧路フィッシャーマンズワーフMOO、岸壁炉端)国産石炭埠頭、貯木場、海上保安部、造船、耐震旅客船ターミナル(大型クルーズ船が接岸する。平成23年6月18日にクルーズ客船ぱしふぃっくびいなすの入港を以って供用開始)[Wikipediaより]
2013/10/18 北海道 展望台より釧路湿原を望む 2013/10/18 北海道 展望台より釧路湿原を望む 2013/10/18 北海道釧路湿原
一般の観光客は、高台にある複数の展望台から眺めるか、遊歩道を歩いたりカヌー等による川下りによって湿原の観察を行うことが出来る。また、JR釧網本線は一部の区間が湿原内を通るため、列車に乗車したまま観察する方法もある。[Wikipediaより] 残念ながらこの展望台からは釧路川は視界に入らない
2013/10/18 阿寒湖のマリモは余りにも有名だ。自然のマリモは世界遺産で守られている
2013/10/18 北海道 雄阿寒岳・雌阿寒岳
アカン(不動)の意味で、もともと雌阿寒岳と雄阿寒岳につけられた名前。昔、雌山(マチネシリ)と呼ばれていたところから、雌阿寒岳が付いた。雌阿寒岳は活火山である
2013/10/18 北海道 阿寒湖
特別天然記念物のマリモや、ベニザケの湖沼残留型であるヒメマスが生息する。観光船の発着場[Wikipediaより]
2013/10/18 北海道 阿寒湖の夕暮れ

阿寒湖は北海道東部、釧路市にある湖である。全域が阿寒国立公園に含まれ、道東を代表する観光地となっている。北海道で5番目に大きい淡水湖。[Wikipediaより]
2013/10/18 北海道の原住民、その昔のアイヌの人々の、毎日の営みを垣間見てきた
2013/10/18 北海道
アイヌ民族は大切な動物をカムイ(神)とあがめる。 シマフクロウは、コタンコロカムイ(村の守り神)だ
コタンは数軒の家により構成されており、たいていは5戸 〜 7戸から成る。10戸以上は例外的な大集落で、20戸を超えるものは場所請負制など、和人による強制移住の結果である。コタンの構成要員は、1つまたは複数のエカシ・イモロと呼ばれる父系の集団の成員であり、その長はコタンコロクル(村を持つ者)と呼ばれていた。[Wikipediaより]
2013/10/18 北海道
アイヌの人々はシマフクロウを神の鳥として相尊ぶとともに忌み遠ざけ、恐れ崇めると説明し、さらに、享保年間には江戸幕府の命によってシマフクロウを生きたまま、(松前藩が)幕府に献上したという [長谷川 充 苫小牧市博物館館長 pdfより]
2013/10/18 北海道
コタンはそれぞれある一定の地域における資源をコタン内で共有する権利を持っており、他のコタンのものが別のコタンの領域を侵すと懲罰に処せられたという。
2013/10/18 北海道

コタンは茅葺の家屋(チセ)、小熊を飼うための檻(ヘペレセッ)、食糧を貯蔵する高床式倉庫(プー)に共同の厠(男用のものがアシンル、女用のものがメノコル)、さらにイナウを捧げる祭壇(ヌサ)で構成されている。また、コタンの附近にはチャシ(砦のようなもの)があることもあった。
2013/10/18 北海道
阿寒湖周辺にはアイヌ人の家屋が点在していたが、1959年に、阿寒湖一帯の自然保護活動を行ってきた前田一歩園財団の当時の理事長である前田光子の呼びかけによって、前田が無償提供した土地に阿寒湖周辺のアイヌ人が移住し、コタンが形成されたものである。
2013/10/18 北海道

阿寒岳の方から月が上ってきた。何とも神々し光景だ
2013/10/18 北海道

シマフクロウを神と崇め、またシマフクロウを恐れたという当時のアイヌの人々の生活ぶりがうかがい知れる
2013/10/18 北海道
[国の重要無形民俗文化財指定] [ユネスコ世界無形文化遺産登録]   その当時の生活ぶりを披露、民俗芸能のフィナーレの光景
2013/10/19 北海道

夜の阿寒 民芸品店。どの店も彫り物の民芸品を売っていた。夜遅くまで観光客相手に明かりがついていた