叡山電車、一乗寺で降り金福寺、詩仙堂へ。圓光寺を鑑賞し曼殊院から修学院に ◇永観堂の紅葉 ◇銀閣寺
◇奥嵯峨(京都) ◇佛日山金福寺

京都の秋 瑞巌山圓光寺から曼殊院門跡 鷺森神社

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2013/11/17 圓光寺、慶長6年(1601)徳川家康は国内教学の発展を図るため〜〜  ◇曼殊院 ◇鷺森神社
瑞巌山圓光寺
瑞巌山圓光寺

慶長6年(1601)徳川家康は国内教学の発展を図るため、下野足利学校第九代学頭・三要元佶(さんようげんき)(閑室)禅師を招き、伏見に圓光寺を建立し学校とした。(元佶禅師は郷里・肥前山岳寺、駿府圓光寺の開山である)圓光寺学校が開かれると、僧俗を問わず入学を許した。また孔子家語(こうしけご)・貞観政要(しょうかんせいよう)など多くの書籍を刊行し、これらの書物は伏見版または圓光寺版と称された。当寺には、出版に使用された木活字が現存しており、我が国出版文化史上特筆すべき寺院であるといえよう。その後圓光寺には相国寺山内に移り、更に寛文7年(1667)現在の一乗寺小谷町に移転された。寺内には本尊千手観音像(伝雲慶作)・開山元佶禅師像(重文)竹林図屏風六曲(応挙作・重文)・近世初期製作の木製活字五万個(重文)がある。庭園には水琴窟・栖龍池(せいりゅうち)(洛北で最も古い池)があり、春の新緑、秋の紅葉には美観を呈している。また、境内山上には徳川家康を祀った東照宮や、墓地内には村山たか女(花の生涯のヒロイン)、マレーシア留学生オマール氏(広島原爆似て死亡)の墓がある。

奔龍庭
十牛之庭
栖龍池(せいりゅうち)
十牛之庭
十牛之庭
栖龍池(せいりゅうち)
東照大権現
境内内山上からの円覚寺
十牛之庭
鐘楼
水琴窟
十牛之庭
十牛之庭 十牛之庭
牛とは誰もが生まれながらに持っている仏心を言う。その悟りに至る段階を表しているのが十牛之庭
2013/11/17 曼殊院門跡 曼殊院は、もと伝教大師の草創に始まり(八世紀)、比叡山西塔北谷にあって東尾坊とよばれた 
曼殊院門跡
曼殊院由緒
曼殊院門跡内は庭園などの撮影は自由だが、屋内の重要物は撮影は禁止されている。
庫裡(重文)虎の間(重文)竹の間(次の玄関)孔雀の間(江戸時代初期) 大書院(重文)滝ノ間(江戸時代初期)十雪の間 小書院(重文)富士の間 黄昏の間 丸炉の間等等。
曼殊院門跡
曼殊院門跡
曼殊院門跡
曼殊院門跡
曼殊院門跡
曼殊院門跡
曼殊院門跡
曼殊院門跡
曼殊院門跡
曼殊院門跡
2013/11/17 鷺森神社 長い参道の両脇に紅葉が続き贅沢な眺めを 
鷺森神社
鷺森神社
鷺森神社
鷺森神社
鷺森神社
鷺森神社
鷺森神社
鷺森神社
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