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首里城は十四世紀末に創建された中国や日本の文化を混合する琉球独特の城。沖縄戦で焼失したが、1992年11月3日に復元された。日本では南北朝時代から、中国では明の時代、琉球では三山時代からで、1372年中山王察度が初めて明に使者を送った 《戻》 残波岬・座喜味城跡 琉球村

沖縄の旅 首里城

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2012年8月28日〜9月1日 沖縄の一日目

首里城を代表する守礼門

首里城守礼門
「しゅれいもん・しゅれいのもん」は、そこに掲げられた扁額の「守禮之邦」からきている俗称で、本来は「上の綾門(ウィーヌアイジョウ)」という
首里城守礼門

首里城の守礼門

(画像はWikipediaより)
首里城久慶門・首里城外郭の北側に位置し、主に女性の通用門

久慶門

首里城外郭の北側に位置し、主に女性の通用門 (画像はWikipediaより)
首里城城壁

首里城城壁

(画像はWikipediaより)
首里城北殿

北殿

北の御殿(にしのうどぅん)、議政殿(ぎせいでん)とも呼ばれいた。 創建は1506〜1521年頃とされ、記録によると1709年の首里城の大火で他の建物とともに焼失し、1712年頃再建された。(首里城HPより)

広福門

広福(こうふく)とは、福を行き渡らせるという意味である。別名「長御門(ながうじょう)」といい、第四の門である。(首里城HPより)
北殿の方から柵をつたって行くと隣に広福門の前に出る。(画像はWikipediaより)
首里城奉神門

奉神門

「神をうやまう門」という意味で、首里城正殿のある「御庭(うなー)」へ入る
最後の門である。(首里城HPより)
下庫理(しちゃぐい)  

正殿内部

首里城公園パンフレッドより
首里城正殿

首里城正殿(庇部分の飾りは唐破風妻飾・からはふつまかざり)

約500年にわたって琉球王国の城として、ありつづけた首里城、1992年に復元された。木造三階建て 本瓦葺。柱の数は一階が101本、二階が92本、三階が60本である。木材は台湾檜
門前に構える二柱は左が正殿大龍柱(吽形・うんぎょう)、右が正殿大龍柱(阿形・あぎょう)材質は細粒砂岩(与那国島産)
◇太平洋戦争中の沖縄戦において日本軍が首里城の下に地下壕を掘り陸軍第32軍総司令部を置いたこともあり、1945年5月25日から3日間に渡りアメリカ軍艦ミシシッピなどから砲撃を受け、27日に焼失したとされる。(Wikipediaより)
正殿内・御差床(うさすか)二階政治や儀式の際に国王が出御する王座

御差床(うさすか)二階政治や儀式の際に国王が出御する王座

正殿内・御差床(うさすか)一階

御差床(うさすか)一階

正殿内・鎖之間庭園 首里城の中の唯一の庭園

鎖之間庭園 首里城の中の唯一の庭園

首里城歓会門

歓会門(かんかいもん)

首里城の城郭内へ入る第一の正門で、「歓会」とは歓迎するという意味である。往時、首里城へは中国皇帝の使者「冊封使(さっぽうし)」が招かれたが、こうした人々を歓迎するという意味でこの名が付けられた。(首里城HPより)
首里城瑞泉門・立派なめでたい泉といわれている瑞泉門。門の手前右側に「龍樋(りゅうひ)」と呼ばれる湧き水がある。奥に見えるのが漏刻門(水時計があった場所)。

瑞泉門

立派なめでたい泉といわれている瑞泉門。門の手前右側に「龍樋(りゅうひ)」と呼ばれる湧き水がある。 奥に見えるのが漏刻門(水時計があった場所)
園比屋武御嶽石門・国王が外出するときに安全祈願をした礼拝所である。形は門になっているが人が通る門ではなく、神への「礼拝の門」

園比屋武御嶽石門

国王が外出するときに安全祈願をした礼拝所である。形は門になっているが人が通る門ではなく、神への「礼拝の門」(首里城HPより) 園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)2000年に世界遺産に登録された
首里森御嶽・「琉球開闢(かいびゃく)神話」によれば、神が造られた聖地であるとされている。ここを含めて「十嶽(とたけ)」と呼ばれる10ヶ所の礼拝所があったといわれる

首里森御嶽(すいむいうたき)

「琉球開闢(かいびゃく)神話」によれば、神が造られた聖地であるとされている。ここを含めて「十嶽(とたけ)」と呼ばれる10ヶ所の礼拝所があったといわれる。(首里城HPより)
首里森御嶽(すいむいうたき)
首里城淑順門

淑順門(しゅくじゅんもん)

国王やその家族が暮らす御内原(おうちばら)と呼ばれる場所えの表門 (首里城公園パンフレッドより)
首里城彫刻

彫刻・獅子と金竜

正殿にはさまざまな、優れた技術の彫刻で飾られている
(首里城公園パンフレッドより)
首里城右掖門

右掖門(うえきもん)

歓会門、久慶門から淑順門へ直接通じている門 (首里城公園パンフレッドより)
Wikipedia及び首里城パンフレッドを参照 BACK