八幡山城跡・村雲御所瑞龍寺門跡    紅葉の金福寺・詩仙堂(京都)《戻》 荘厳な高野山

豊臣秀次・城下町を開き近江八幡を商都の街とした

MAIN
八幡山山頂は豊臣秀次が築いた八幡山城跡である。出丸跡、西ノ丸跡、北の丸跡が当時を語る 2014年8月14日 日牟禮八幡宮
八幡山城跡の西ノ丸跡から眺める琵琶湖。八幡城があった時代から雄大な風景は変わらない 2014/8/14 八幡山からの眺望・琵琶湖
山道 山道
お願い地蔵堂。訪れる人々が静かに手を合わせていた お願い地蔵"" 堅牢な石垣、秀次が精魂込めて造り上げた 石垣
ロープウェイで4分で頂上に着く。登山道を歩いて頂上に向かう人もいるが、かなりきつい。八幡山の標高は271.9m 2014/8/14 八幡山案内
要塞 秀次が築いた石垣。一大要塞であったと 由緒 村雲御所瑞龍寺門跡由緒。秀次の菩提を弔うため日秀尼公(秀吉の姉・秀次の母)により 悲運の関白 青巌寺は秀吉が生母の菩提寺として寄進した寺院だった。秀吉は神聖な場所を秀次の切腹の血で汚されたとの思いが拭えず、その妻子を苛烈に処刑したとの説も
西の丸跡 八幡城跡には当時を偲ぶもの石垣だけだ 北の丸跡 城跡を歩いて思う事は、いかに今の時代が平和を享受 中の丸跡 戦国の武将たちの毎日は、常に死と隣り合わせ
八幡城跡 八幡城跡
村雲御所瑞龍寺門跡 村雲御所瑞龍寺門跡
村雲御所瑞龍寺門跡 村雲御所瑞龍寺門跡。秀次の菩提を弔うため、後陽成天皇から瑞巌寺の寺号と京都村雲の地に賜り創建された。昭和36年に京都より八幡山に、主要建物が移築された。 村雲御所瑞龍寺門跡。日蓮宗唯一の門跡寺院である 村雲御所瑞龍寺門跡
日牟禮八幡宮 八幡祭りは4月14〜15日
左義長祭りは3月14〜15日に近い土曜日 2014年8月14日            
ロープウェイの車内から眺める日牟禮八幡宮の前景。木々の中に包まれ静かにいきずいている 2014/8/14 日牟禮八幡宮全貌 日牟禮八幡宮は、滋賀県近江八幡市にある神社。 祭神は誉田別尊、息長足姫尊、比賣神の三柱。 古くから近江商人の信仰を集め、二大火祭の「左義長まつり」と「八幡まつり」は国の選択無形民俗文化財である。境内地は八幡伝統的建造物群保存地区の構成要素とある。
日牟禮八幡宮 楼門 赤い提灯が所狭しと吊り下げられていた 宮司さんに提灯は何時頃から飾れるのか尋ねてみたら、一年中飾れているとの答えが返ってきた 日牟禮八幡宮 日牟禮八幡宮 神馬 日牟禮八幡宮
日牟禮八幡宮 日牟禮八幡宮 日牟禮八幡宮 岩戸神社 日牟禮八幡宮 ひきずり松明
由緒 松明
BACK&HOME